CVW-5の第2飛行隊だったVF-151 "Vigilantes" ラジオコール " Switch Box " から厚木マニアの間ではもっぱらスイッチと呼ばれていた。
1976年1月6日 NAF ATSUGI R/W19 F-4N NF #216
1976年7月4日 NAF ATSUGI アメリカ建国200周年記念一般公開 F-4N NF #201
1979年1月6日 NAF ATSUGI R/W01 F-4J NF #215
1980年4月2日 NAF ATSUGI R/W19 F-4J NF #200
1983年8月13日 NAF ATSUGI R/W19 F-4S NF #200
1983年8月13日 NAF ATSUGI R/W19 F-4S NF #211
1983年9月11日 MISAWA AB Open House F-4S NF #205
1984年7月25日 NAF ATSUGI R/W19 F-4S NF #201
1984年8月17日 NAF ATSUGI A-1 F-4S NF #215
1984年8月17日 NAF ATSUGI R/W01 F-4S NF #210
1984年8月17日 NAF ATSUGI R/W19 F-4S NF #215
年末年始ごろの厚木は、けっこう南風が吹く事が多く、正月明けのこの日もR/W19だった。
建国200周年にアメリカがフィーバーした’76年 梅雨の最中厚木基地の正門から近いグラウンド一体が一般に開放されて、CVW-5所属のF-4、A-7、A-6などがトーイングされて道路上に展示された。
VF-151は#200 CAG機はカラフルなテイルがトレードマークに成っていたので、この#201がバイセンティニアル塗装機としてマニアからは注目された。
J型にアップグレードされたVigilantes この頃はレドームを黒に塗った機体がいて、ファントムの大きなレドームの黒鼻はカッコイイ~
J型最後の方の#200はちょっと地味目な5色のシェブロンが小さく入っただけでした。
S型になってからの#200は尾翼全面にカラフルなNAVYのCAG機らしいペイントが復活した。
今のやたらと派手なだけのCAG機とは違い、部隊のオリジナルマーキングに準じて、かつCAGカラーを使った、昔ながらの海軍機らしさが、この頃はまだあった。
S型になってロービジの波が押し寄せてきたが、Vigilantesはそれまでの尾翼全面から約半分程度に黄黒ペイント部を減らして居た時期。
初めて出かけた三沢基地の航空祭。CVW-5からF-4、A-6、そしてVC-5のA-4 UE も展示されていた。
前に何処かでも触れたが、この時の三沢の滑走路反対側にはCVW-5のF-4Sが、実弾を搭載してアラート待機していた。直前に起きたソビエト空軍の大韓航空撃墜事件を受けての措置。小さくて判らないが、ファントムの鼻先とA-4の間に小さく、アラート待機していたF-4が写っている。
ファントムの時代は、時々見られたドラッグシュートを地上で一旦開いたのに、再び離陸してしまい再度着陸するシーン。右下の黒っぽい点は、ゴミではなくUP#01のシーキングだと思われる。
カウンターシェード迷彩になったら、モノトーンながら昔ながら尾翼全面のオリジナルに戻したVigilantes。半分にしたマーキングより やはり、これがスイッチ!
お盆明け、たぶんこの時はCQを実施していたのではないかな~?と今更ながら思う。
当時はCQなんて単語自体誰も口にしていなかったが、早朝7時台からファントムが飛んでいた。
R/W01の午前でこの陽当たり!
早朝A-1のタキシングを撮った機体がランチェン後に降りて来たようだ。
今日はここまでで おしまい 明日に つづく・・・・